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(修正版)2月6日ご神事のヴィジョンと竹下氏の解説

2月5日の正午と午後6時のご神事のヴィジョンのイラストを

              竹下雅敏氏の解説と一緒にご紹介します。



  青(または緑)色の背景の文字は、ヴィジョンを見たときの私の感想、

  ピンク(または黄)色の背景の枠内の文字は、竹下氏による解説です。

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正午のヴィジョンと解説

正午のヴィジョンは、すべて私たちの地球上の人々に関するものです。
受刑者、辛い環境に居る幼い子供たち、病人、光に気づいている人、
いない人に関わらず、すべての人々に分け隔てなく光が降り注がれて
いる様が描かれています。
これらのヴィジョンに現われた人々は、最初のヴィジョンの花が示す
ように、最も成長している人たちです。

①山の中の美しい湖のほとりに、真っ赤な牡丹の花が一輪咲いていました。













②昨日と同じくまた修道女が見えたのですが、今回は光をまっすぐに
見て、嬉しそうに笑っていました。












③刑務所の中だと思いますが、窓から差し込む光が強すぎて、顔を
覆って背中を向けた女性が、気になってそっと光の方を振り返っていました。











④ストリートチルドレンか強制労働の幼い子供達だと思いますが、
とても汚い格好で痩せていました。その子供達が膝を抱えて寄り添い
みんなで眩い光を見ているところです。












⑤足の悪い老婆が水汲みをしていました。背後には光が輝いていま
すが、気が付かないようでした。










⑥病床の男性が、窓から差し込む光に顔を向けていました。
顔は見えませんでしたが、私にはこの男性が何かに希望を見出し、
喜びの涙を流しているように思えました。











⑦恰幅の良い男性が、オフィスの個室で葉巻を吸いながら書類に目を
通していました。背後のドアが少しだけ開きそこから、光が入ってきた
のに気が付き、横目でちらりと見ているところです。










⑧美しい森のそばにある草原で女の子が嬉しそうにダンスをしていました。
この女性は妖精です。










18時のヴィジョンと解説


⑨地上は雪で覆われて真っ白な世界でした。湖は凍っていて、水面は
厚い氷で覆われていました。
これは地球上の風景で、平均的には人類の自分自身への愛の相が
スワディシュターナ・チャクラまで上昇し、闇から抜け出したことを
示すヴィジョンです。

正午のヴィジョンに現われたすべての人々は、すでに自分自身への愛の
相がアナーハタ・チャクラまで上昇し、完全に光の中に入ってきた人々
です。おそらくこれらの人々は最終的にはサハスラーラ・チャクラまで
上昇するだろうと思います。
このように、今現在起こっているこの一連の光に関する情報を何も知ら
ない人たちが、このような高い段階に達しているにも関わらず、毎回
御名を唱えているはずでありながら、未だに闇から抜け出していない
人々が見受けられることは残念です。
私が見るところ進歩の遅い人たちに共通しているのは、
非常に強い金銭欲と物欲です。
これらの人は波動が闇に落ちていることから、光を受け取る量が少ない
のかも知れません。










⑩その氷の下の水中に人がいました。水面に張った厚い氷を光が溶かし
た穴が徐々に広がって行き、そこから光がどんどん水中に差し込んでい
くのを、その人たちが驚いたように見ていました。
彼らは下から2番目の界層の地球の住人です。










⑪薄暗い海底にも、はるか頭上の水面から光が差し込んできました。
海底には沈没した船の残骸がありました。











⑫この暗い深海に、このような姿の人のような者たちがいて、
水面から差し込んできた光をゆらゆらと浮きながら見ている姿です。
この者たちは最下層の地球の住人です。











⑬水中にこのような大変美しい女神様が現れました。
とても感謝されているように見えました。
この方は、罔象女神(ミズハノメノカミ)様です。

「日本の神様」がよくわかる本、PHP文庫 の179pに、
次のような文章が記されています。

「福井県今立町にある大滝神社の摂社、岡田神社の社殿に、
次のような話が残っている。

 昔、この地に乙女の姿をした神が現れて、

「この土地は谷あいで田畑は少ないが、きれいな水に恵まれているから、
紙漉をやるとよいでしょう」といって紙漉の方法を教えたという。

村人がその神の名をたずねると
「(岡本川の)上流に住むミズハノメ神なり」といって姿を消した。

以後、人々はこの神を川上御前と呼んで崇めて岡田神社に祀り、
紙漉に取り組んだ。この紙漉の技術で作られるようになった和紙が、
のちに越前和紙として広く知られるようになったという。」





*****御願い*****
イラストの無断コピー・転載はご遠慮ください。
不当にお断りすることはありませんので、事前にご相談ください。***
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